三輪ならば、相当のブラブラ区域です。
神尾主膳も一議に及ばず、びた[#「びた」に傍点]の勧誘に応じて出動したくらいですから、最初のほどはかなり気をよくして、ブラブラ歩き出したものですが、そのうちに、またも気色《きしょく》を悪くしてしまいました。
それは、あの辺には、寺と、広い武家屋敷とのほかに、百姓地が多くある。それからまた、千住《せんじゅ》から三輪街道のあたりは、かなりの百姓街道になっている。
もとより、往来するものは百姓だけではないが、あいにく、この日に限ったことではないが、近在の百姓連が多く、それも、神尾の姿を見て、多少の畏憚《おそれ》を以て行き違うものもあるが、どうかすると、あぶなく突き当りかけて、かえってこっちの間抜けを罵《ののし》り顔に過ぎて行くものもある。
その百姓を見る時に、神尾の気色がまた悪くなりました。
神尾は生れながら、百姓というものは人間でない――ものの如く感じている。
それは、当然、階級制度の教えるところの優越性も原因することには相違ないが、それほど神尾というものが、百姓を、忌み、嫌い、呪うというのは、別にまた一つの歴史もあるのです。
それは、神尾の先祖が、百姓を搾《しぼ》ろうとして、かえって百姓からウンと苦しめられ、いじめられている。神尾の祖先のうちの一人が、自分の放蕩費の尻を知行所の百姓に拭わせようとしたために、百姓|一揆《いっき》を起されて、家を危うくしたことがある。
体面の上からは勝ったが、事実に於ては負けた。領主としての面目は辛《かろ》うじて立ったが、内実は百姓の言い分が通ってしまったのだ。だから、心ある人は、それから神尾の家風を卑しむようになっている。
その歴史が今も神尾を憤らせている。百姓というやつは、厳しくすれば反抗する、甘くすればつけ上る――表面は土下座しながら、内心ではこっちを侮っている、最も卑しむべき動物は百姓だ――これには強圧を加えるよりほかに道はないと、それ以来の神尾家は、代々そう心得て百姓を抑えて来ていた。今の神尾主膳も、百姓を見ると胸を悪くすること、その歴史から来ている。
百七
この点に於て、神尾主膳は徳川家康の農民政策を支持している。
「権現様の収納の致し様」といって、百姓は生かしもせず、殺しもせざるようにして搾《しぼ》れ、ということが、すなわち徳川家康の農民政策であ
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