熱狂しきっている子供の眼中には、もはや悪女塚の庭もなければ、与八の教場もない。
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ダアサイナ
ダアサイナ
ドウロクジンヘ
ダアサイナ
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押し合い、へし合いしている、その前後左右に出没して、また別な頑童共が、割竹を持って地面《じべた》を打叩きながら、噺し立てている。それが風俗年中行事であり、子供らが習慣によって無邪気に熱狂しているのはいいとしても、心ある人に、目ざわりになるのは、その真中に押立てられたあれです。誰が、どう見ても、男根の形としか見えない大物を、紅がらでこてこてと真赤に塗り立て、それを真中に擁して一大隊の子供が、火水《ひみず》になれと揉み立てているのだから、目に立てないわけにはいかない。すべて、今までの接待に感心ずくめで通して来たお婆さんも、それを見ないわけにはいかない。与八もまたそれを見せないわけにはいかない。
ブチこわしだ! と、与八でなければ面《かお》の色を変えたでしょう。今まで子供たちの躾《しつけ》のいいことにすっかり感心させて置いたのが、これを見られてはブチ壊しになってしまう。せっかくのお客様の前へ、こういうものを担ぎ込まれたのでは、主人側としては、面から火が出るような思いをしなければならない。
それを与八は、別段、赤い面もせずに、へへらへへらと笑って見ていました。お婆さんは肝《きも》を潰《つぶ》しかけた形で、眼を円くしている。子供の一大隊は、
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ダアサイナ
ダアサイナ
ドウロクジンヘ
ダアサイナ
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ついに与八の教場の眼の前まで来て、割竹を持ったものは、早くも土間の方へなだれ込み、ますます馬力をかけて、
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ダアサイナ
ダアサイナ
ドウロクジンヘ
ダアサイナ
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九十二
この分でいると、教場内へ乱入し兼ねまじき勢いに見えましたけれど、与八は泰然自若として驚きませんでした。
お婆さんも一時|呆《あき》れ返ったが、やがて穏かに自分の巾着《きんちゃく》を取り出して、
「さあ、お婆さんがどうろくさまへ差上げるよ」
と言って、小銭をバラ蒔《ま》いてやると、子供たちはそれを拾い取ると共に、潮の引くように引きあげて、揉み合い、へし合いながら、庭を下って下へおりて行くのです。
これは、ホンのその
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