らさがるものだから、
「いけない」
と兵馬は拒みました。
「いや、放して上げないことよ」
これを摺り抜けて兵馬は、
「とにかく見届けて来る」
仏頂寺、丸山の事の体《てい》を見届けに行きました。見届けるといっても、根気負けをして、名乗りかけて切抜け策を講じようという気になったのではなく、彼等の寝息の程度を窺《うかが》って、その間にここを摺り抜けてしまおうとの斥候《ものみ》の目的で兵馬は出かけたものらしい。仏頂寺、丸山といえども、兵馬にとっては親の敵《かたき》ではなし、万一見つかったら見つかった時のはらもきめて、恐る恐る草原をわけて近づいて見ると、案の如く、二人は飲み倒れて横になっている。なるほどあくどい奴等ではあるが、こうしてところ嫌わず飲んでは寝、寝てはまた起きて旅から旅をうろつく彼等の生活もはかないものだが、そこに無邪気な点も無いではないと、妙な気分に襲われながら、兵馬は少しおかしいような気持になって、少なくとも、二人のその放漫無邪気な寝顔だけでものぞきに来たつもりで、もう一歩近づいた時に、ぷんと血の香《か》を嗅ぎました。
無邪気に酔倒しているのではないことを直感しました。
脱兎《だっと》の如く、兵馬は秋草を飛び越えたのです。そうして、仏頂寺の倒れたのを抱き起して見たのです。
「仏頂寺――仏頂寺」
兵馬は、声高く叫び且つ呼んでみましたが、返事がありません。
あわただしく、それをそのままそうして置いて、丸山勇仙を抱き上げ、
「丸山君――丸山――丸山勇仙君」
と、立て続けに名を呼びましたけれども、これも返事がありません。
仏頂寺は立派に腹を切り了《お》えた上に、咽喉を掻《か》ききっている。これは反魂香《はんごんこう》の力でも呼び生かす術《すべ》はない。
丸山勇仙の死体は拾い起して見ると――これは五体満足ではあるけれども、すでに硬直し、冷却していることは仏頂寺以上で、ただ、何をもって死んだか、殺されたかの形跡が明らかでない。
「仏頂寺君、丸山君、君たち、なぜ死ぬなら死ぬように言ってくれない――」
と、兵馬は二人の死骸を打ちながめて叫びました。
「こういうことと知ったら隠れているんじゃなかった、出て来ればよかった――君たちは死ぬためにここに落着いていたとは、気がつかなかったよ――死ぬんならばこちらにもしようがあったのだ、目の前で二人を死なせながら見殺しにし
前へ
次へ
全220ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング