》が、片言《かたこと》の日本語でほめました。
「有難うございます、手妻使いのようには見えませんか」
「イヤ、ソウデナイデス、立派ナ西洋貴婦人アリマス」
 こういう問答で、一座がにわかに春めいてきたが、主膳の苦々しさったらない。
 うんとお絹の横顔を睨《にら》みつけると、例の乳白色の少し萎《な》えてはいるが、魅力のある白い頬に、白粉をこってりとつけている。
「マダム・シルク、アナタ日本ノ宝デアリマス、日本ノ富デアリマス」
 赤髯が主膳の苦りきるのとは打って変って、お絹が現われてからにわかに陽気になりました。
 シルク、シルクと頻《しき》りに言うが、シルクという言葉は、さいぜん、あの士分と商人との二人の口からも出たようだ。
 シルク、シルクと、シルクが今日の座持のような売れ方だ、いったいシルクというのは何のことだ、おもシルク[#「おもシルク」に傍点]も無え! と神尾はいよいよ不機嫌で、隣りの金助改めびた[#「びた」に傍点]公に呼びかけました、
「びた[#「びた」に傍点]、シルク、シルクというが、いったいシルクとは何のことだ」
 その時、びた公が得たり賢しというような表情をして、フォークを左にさし置き、
「でげすな、シルクてえのは、只今それお話の、お白様《しらさま》の口からお出ましになって、願わくは軽羅《けいら》となって細腰《さいよう》につかん、とおいでなさるあの一件なんでげす」
「何だ、それは」
「あの蚕の口から出まする糸、それを座繰《ざぐり》にかけて繰り出しましてから、島田に結わせて、世間様へお目見得《めみえ》を致させまする、あれは通常、生糸と申しましてな」
「生糸のことを聞いてるんじゃない、シルクとは何だと聞いているのだ」
「それなんでげす、話の順序でげしてな、その生糸をすっかり繰り上げましたのが、それがすなわち絹糸なんでございます」
「そんなことは、貴様に聞かなくても大よそ心得ている」
「まあ落着いておしまいまでお聞きあそばせ、その絹糸のことを洋語で申しまするてえと、すなわちシルクてなことになるんでございます」
「なるほど、シルクとは絹の洋語か」
「左様でございます、この繰り上げた絹糸の肌ざわりというものが、とんとたまらぬそうでげして、洋人という洋人が、これに参らぬのはござんせんそうで、ことにイタラの国の絹よりも、支那出来の絹よりも、日本の絹が、世界のどこの国にも
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