の四人が日本人で、二人が赤髯《あかひげ》で、他の一人は目玉の碧《あお》い女でした。そうして右の四人の日本人の中には、相当高級の士分らしいのもいれば、相当大商人のようなものもいる。果していかなる種類と階級に属し、何の目的あって、こんなところへ食事にやって来たのか、その辺の吟味は追々するとして、これでこの椅子が全部満員になったものと見ていると、ただ一つ自分の左の椅子だけがまだ空いていて、今スップのお吸物が済んでもまだ誰もやって来ない。その席、ここにも相当の据膳がしてある。それによって見ると、前約束が出来ていて、多少の遅刻することを見込んで椅子が買い切ってあるものらしい。誰が来やがるのか、あんな赤髯の臭い奴に来られた日にはたまるまいと、神尾は何か汚ならしいものにでも触れられるような気持がしたが、何もまあ見学だ、一通り見ておいてやる分には、かえって臭い奴に来られてみるのも一興かも知れないという気分になっているうちに、また次なる皿が運ばれました。その次の中は今度はお吸物ではない、何か肉をちぎって、こてこてと盛り上げたもので、あんかけのようになって湯気を立てている。
「これは、こうして小柄《こづか》で切って食べるのでげす」
鐚公が小声で説明して、仕方をして見せる通りに神尾がする。そこへ給仕が飲物を持って来て、鐚公と神尾の前の小さな盃《さかずき》についで行きました。
その肉をナイフで切って口へ運び、そのあいの手に飲物をちょっとやってみると酒だ。一種異様の刺戟がある。それを飲み且つ食いながら神尾は、白い眼で列席の奴等をまたおもむろに検討にとりかかる。
その時、自分の向う側にいた大商人らしいのが、傍らなる相当高級の士分らしいのに向って話しかけるのを聞きました。
七十二
大商人らしいのが、身分ありげな士分の者に向って話しかけたのは、まずここから江戸湾の上に見渡すところの、お台場のことから始まったようです。
あのお台場の建築を公然とは言わないが、冷嘲の語を以て話し合っていることはたしかです。今時、あんなものに、あんなに大金と労力とをかけて築造して、いったい何になるのだろうというようなこと、要するに水戸の老公の御機嫌に供えるためさ――といったような調子も出て来る。
この二人は、徳川幕末政府が、苦心惨憺した国防政策の一つとしての、品川砲台を冷笑するだけの見識
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