さ」
「不言実行とは、どういうことなんでございますか」
「言わずして実地に行う、こいつがいちばん始末が悪いね――老子|曰《いわ》く、言う者は知らず、知る者は言わずってね――こういう貧乏人にひっかかると、全く始末が悪い。今の問題で言うと、その不言実行、お産の方で、今の不言実行てやつが……」
「それが、どうなんでございます」
「言わずして行うというやつが、いちばん始末が悪いさ。宣伝屋や見栄坊なら、直ぐにそれと当りがつくが、不言実行というやつになると、どこでどうして、何をしているか、一向わからねえ、お産の方で言ってみるとだね、この不言実行てやつは……」
「それが、どうなんでございますか」
「つまり、闇から闇というやつでね――実行方法としては、今のその堕胎と、間《ま》びくというやつなんだ。お雪ちゃんが言論でもって、只今しきりに拙者に挑《いど》みかけている問題が、隠れて天下に堂々と実行されている、これがつまり、堕胎と、間びきということなんだ」
「どういうふうにして、その堕胎と間びきとやらが実行されていますか、それをお伺いすることはできませんでしょうか」
「おや」
「先生、そういうことを伺うのは失礼でございましょうか」
「失礼なこたあねえ、淑女の前でそういうことを口走る、こっちの方が失礼かも知れねえが、研究の心で、そういうことを先輩にたずねるのは失礼という話にはならねえ。まして医者に向って、そういうことをたずねるのは、餅屋へ餅を買いに行くのと同様、極めて自然にして穏当なことなんだから、遠慮なくお尋ねなさるがよい」
「ですけれど、先生、たった今、おや! とおっしゃって、ちょっと怖い目をなさったじゃありませんか」
「は、は、は、あれは、ちょっと眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ったというだけなんだ、お雪ちゃんという子が、存外、真剣に、その不言実行の実行方法まで立入ってたずねて来たから、それにちょっと、面くらっただけのものなんだ――なあに研究的に聞いて置く分にゃ、何でもないさ、つまり性の教育なんだからね。ところで……」
「ええ、わたしも、そのつもりで、大胆におたずねしているのですから、あつかましい奴とおさげすみなさらずに教えていただきとうございます。世間では、今おっしゃる通り、闇から闇ということを罪悪のようにも教えていますし――また、わたしたちの疑問からして見ます
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