ているもんですから、何のことはないお蘭さんの投げた株を引受けて、追敷きを食わされ通し……全くいい面《つら》の皮《かわ》ですわ」
「それを繰返すのは愚痴だ、自分でいま言っている通り、災難と諦《あきら》めて、何もこっちに疚《やま》しいことさえなければ、素直《すなお》に、幾度でもお呼出しを受けるがよい、訊《たず》ねられたらば、知っている通りを洗いざらい返答してしまい、知らないことは知らないと正直に通せばいいのだ」
「そうおっしゃられると、それまででございますけれどもね、これでも人間の端くれでございますから、苦しいと思うこともあれば、癪《しゃく》にさわることもありますのさ。わたしもお蘭さんのように、自由が利《き》く身でありさえすれば、こんなところに、こうしてばかばかしい祟《たた》り目の問屋を引受けてなんぞいるものですか――どうにもこうにも動きの取れないわたしという者の身の上を、少しはお察し下さいましな」
「それは、人の運不運で、やむを得ないことだと言っているのに」
「運不運なんて言いますけれど、それはたいてい意気地なしの言うことですね――しっかりした人は、自分で自分の運を切り開いてしまいますからね。不運のものも運のいいように取返してしまいますからね。早い話がお蘭さん――」
この女はよくよくお蘭さんの身の上が羨ましいものと見える。そうでなければ、よくよく憎らしいものと見えて、一口上げにお蘭さんが引合いに出て来る。
「お蘭さんなんかも、運不運だなんておとなしくあきらめて、この土地にぶらついていてごらんなさい――今頃はどんなことになっているかわかったものじゃありません、それを知っているから、ああして抜け目なく逃げてしまいました。残されたわたしたちこそ全くいい面の皮、お蘭さんの分まですっかり被《かぶ》って申しわけをしなければなりません。お蘭さんさえおいでなされば、わたしなんぞこのたびの事件についちゃ物の数には入らないのですが――お蘭さんの分をわたしが被ってしまって、日日毎日《ひにちまいにち》……ほんとうにお蘭さんという人は、今頃は誰とどうして、どういう了見で、どこの土地を遊び歩いておいでなさることやら、憎らしい!」
福松は歯がみをして、後《おく》れ毛をキリリと噛《か》みきりました。これは当面の兵馬に向けて怨《うら》み言《ごと》を言い立てているのだか、自分よりこの事件に一層直接な
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