、この辺で一休みして参ろうではござらぬか――あなた方は何か御由緒《ごゆいしょ》もありそうな人たち、お身の上を、ゆっくり承ってみたいものだ」
と、その辺の然《しか》るべき路傍に立ちよってみると、
「はい、まだ夜明けには間もございますから、ではひとつ、この辺で一休みさせていただいて、ゆっくりあれへ参ることに致しましょう。お前、そこに大きな石がある、それをこちらへお据え申しな」
と母から言いつけられると、沈勇な面影を備えた少年は、自分の身体に余るほどの大きさの路傍の巌石を、易々《やすやす》と転がし出して来て、黒い人のために席を設けました。
 そうして、母子は程よいところの木の根方へ腰を下ろして、提灯は傍《かた》えの木の枝へ程よく吊り下げ、そうして心安げに話をするくつろぎになりました。
「この子は虎之助と申しまして、柄は大きくござりますが、これで当年十三歳なのでございます、今日まで故郷の尾張の中村で育てましたが、いつまでも草深いところに遊ばして置くのもどうかと思いまして、思い切ってこちらへ連れて参りまして、藤吉郎のところへ預けて、ものにしようと思いまして」
「お父さんはどうしました」
「この子の父と申しますのが、あなた、弾正右衛門兵衛と申しまして、つまり、わたくしの連合いなのでございますが、三十八歳の時に、これが三歳《みっつ》の年に歿してしまいました」
「それは、それは――」
「それから、こうして今日まで、後家の手一つで育て上げはいたしましたが、後家ッ子だからと人に笑われるのは残念でございますし、それに、田舎《いなか》に置きましては、武士の行儀作法をも覚えさせることはできませんから、思い切って連れて参りました。父の弾正さえ生きておりますれば、わたくしがこうして引廻さなくもよろしいのでございますが……」
「ははあ、そなたのお連合い、そのお子さんの父親も弾正と申されましたか。実は拙者の父も同じ名を名乗っておりました」
「さようでござりましたか、それは、どうやらお懐《なつ》かしいことでございます。なんにいたしましても、男の子は男親につけませんと、母親ばかりではどうしても躾《しつけ》が足りません、それにあなた、この子がそう申してはなんでござりますが、生れつき心が優しく、武勇の気が強いのでござりまして、親の慾目とお笑いになるかも知れませんが、わたくしとしては相当に見込みをつけたのでご
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