頼み、頼みと、言葉だけはしおらしいものだけれども、この頼みというやつが、なまやさしいものではないことを、米友はよく呑込んでいる。しかし、かりにも頼み――と言われてみれば、「おれも男だ」という緩怠心が湧き出さない限りもあるまい。
「ああ、よかった、友さんが、わたしの第二の頼みを聞いてくれました」
こう言ってお銀様は、凱歌《がいか》をあげるような、あざ笑いをするような独断を試みたので、米友が狼狽《ろうばい》しました。
「まだ、聞いたとも聞かねえとも言やしねえんだ、いってえ、その頼みというのは何なんだエ」
ここで、あぶなく食いとめて駄目を押したのですが、お銀様は猶予なく、覆面の首を横に振りました。
「いけません、もう遅いですよ、黙っていたのは承知のしるしなんですからね」
いかにも、黙許とか、黙諾とかいう不文律はあるにはあるけれど、それをこの場合、米友に向って強圧的にはめ込もうとするお銀様の了見方《りょうけんかた》がわからない。
「ちぇッ」
と米友が舌打ちをしましたけれど、一向ひるまないお銀様には、薪を加えたようにも、油が乗ってきたようにも見受けられ、
「もう許しません、一旦、お前は承知をしたのだから」
「承知をするにもしねえにも、頼まれる事柄そのものが、まだわかっちゃいねえじゃねえか」
「お前にはわからなくても、こちらにはわかっています、そうして、たった今の先、お前から充分に無言の承諾を得ていますからね」
「ばかにしなさんな」
通例は、「ばかにしてやがら」と言うべきところを、相手が相手のせいか、米友としては、「ばかにしてやがら」が「しなさんな」にまで緩和されてきました。
「男らしくもない」
とお銀様が、横目で睨《にら》む。
「何が」
「何がって」
「何がどうして」
「何がどうしてたって、男らしくもない」
「何がどうして、おいらが男らしくねえんだ」
「だって、いったん承知をしておきながら」
「いったん承知? 何を」
「奥の間がいけないから、ここへ泊めてくれることを……」
「そりゃ、お前の勝手だよ、泊ろうと泊るまいと、本来お前の持物なんだ、おいらの承知もなにもあったものじゃあねえ」
「でも、米友さんが留守居をしている以上は、米友さんの許しを得なければなりますまい。まあ、それはどうでもいいとして、第二のお頼みも承知してくれたくせに」
「それだ――その第二の頼みというやつ
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