した。
決然として立ち上ると共に、猛然として、籠の上ののし[#「のし」に傍点]板を取払ったと見ると、その籠を力にまかせて、肩の上までかつぎ上げましたからお雪ちゃんが、
「友さん、どうするの」
「仕方がねえから……」
と言って米友は、雨戸の際まで子鷲《こわし》の入った籠をかつぎ出して、そこで、片手でもって心張棒《しんばりぼう》を取外《とりはず》し、鍵を上げて、カラリと戸を押開いたものですから、お雪ちゃんが、
「友さん、それを逃がしちまってはいけません」
「だッて……」
と米友は少しどもりながら、籠の戸を表の方に押向けると、その手は早くも水門口を開くように、籠の戸を引き上げにかかったものですから、またもお雪ちゃんが、
「友さん、逃がしちゃいけません、逃がしては、わたしが申しわけがないじゃありませんか、お嬢様に叱られるじゃありませんか」
「だってお前、子供を親許へ返してやるんだから、理窟はこっちにあらあな。もともと、親の子を、こっちが横取りしたのが悪いんだあな。慰みがてら、親の留守をねらって取っつかまえて来た子鷲なんだろう、だから、考えてみると、こいつをこっちへ置くのが道理に外れたことで、返してやるのが人情だあな」
と米友が答えました。
「それはそうかも知れませんが、友さん、お前が預かったんじゃない、わたしが、お嬢様から頼まれて引受けたのですから、逃がしてしまっては、わたしが叱られるじゃあないの、わたしが申しわけがないじゃありませんか」
「だからいいよ、罪をおいらがきるからいいよ、申しわけなら、おいらがしてやらあな、叱られるなら、おいらが叱られてやらあ。いったい、お嬢様お嬢様って、あの女に、みんながお代官ででもあるように恐れ入ってしまってるのが、おいらにはわからねえ、お嬢様であろうと、お代官であろうと、道理と人情に二つはねえ」
と米友が答えました。
「そりゃ米友さん、お前だけに通る理窟で、どっちにしても困るのは、わたしよ」
「おいらだけに通る理窟なら、世間一般に通らなけりゃならねえんだ、おいらは、まだ世間に通らねえ理窟を言った覚えはねえ」
と、米友がお雪ちゃんのためにたんかをきって、自分の信ずるままを強行しようとしますとお雪ちゃんは、ちょっと当惑をして、
「それはそうですけれども――」
「おいらが罪をきるからいいよ、お嬢様なんて、そんなに怖《こわ》い女じゃねえよ」
米
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