にお気をつけなさい、水があります、水が流れています、妙にベトベトした水ですけれど、血ではありませんから、怖がるには及びません」
 ハッとお雪ちゃんは、その水たまりの中に爪先を踏み込むと、なるほどなまぬるい。こんな奥まった岩窟の間から湧き出す清水だから、こんなに生温《なまぬる》いはずはありようはない。血ではないとあらかじめ予告をされたから、かえってこれは、生血《いきち》がどろどろ流れているのではないかと、お雪ちゃんが二の足を踏むと、お銀様から、
「そらごらんなさい。向うの岩に大小二つの滝がかかっておりましょう、あの大きいのは姉川《あねがわ》、小さいのが妹川《いもがわ》の源になるのです」
と言われて見ると、なるほど、広大に開けた岩窟の中の往年の壁面に、大小二条の滝がかかっている。飛騨の平湯の大滝だの、白山白水の滝だのを、うつつに見聞きしたお雪ちゃんにとっては、その滝が、必ずしも珍しい滝だとは思いませんけれども、周囲の異様なる景色には打たれざるを得ないのです。
「胆吹の弥三郎よりも、もっと昔、この洞窟《ほらあな》の中に山賊が棲《す》んでいたのです、大江山を追われた酒呑童子《しゅてんどうじ》の
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