い」
「飛脚の方は滞りなく出立を致させましたから、御安心ください」
「御苦労さまでした」
 その撫附髪に水色の紋つきというのは、見たことのあるようなと思うも道理、これぞ、短笛を炉中に焼いて、おのが身の恋ざんげを試みた不破の関屋の関守氏でありました。
 その取りしきりぶりを見ると、この男は、あれから不破の関屋の関守をやめて、ここに来て、専《もっぱ》らお銀様の事業の番頭役を引受けている気分は確かであります。
 ここで右の関守氏は、右のわがままな女王を案内して先に立ち、お銀様のために、江北殿の隅々の案内に当ります。その途中、説明するところを綴り合わせてみると、江北殿というものには、ほぼ、次のような歴史があるのでした。
 お城あとは古《いにし》え佐々木京極氏のお城あとであり、江北殿はその京極屋形のあったところだという。京極氏は江北六郡の領主で、元弘建武以来の錚々《そうそう》たる大名であり、山陰の尼子氏の如きもその分家に過ぎない――松の丸の閨縁《けいえん》によって豊臣秀吉の寵遇《ちょうぐう》を受け――といった名家であることは、不破の関屋の関守氏が事新しく説明するまでもなく、お銀様の歴史の知識には
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