ませんか」
「なるほど」
「このお雪さんという子が仮住居《かりずまい》にしているところに、大きな松の木があるのです、わたしはそれを見ると、あの辺をどうしても松《まつ》の丸殿《まるどの》と名をつけてみたくなりました。御存じでしょう、松の丸殿というのは太閤秀吉の御寵愛《ごちょうあい》の美人の一人なのです。あの人は、或る城主の妻でありましたが、それが囚《とりこ》となって秀吉の御寵愛を受ける身になったのです。お妾《めかけ》ではないそうです。太閤には五妻といって、ほとんど同格に扱われた五人の夫人がありましたことは、あなたも御存じでしょう。北の政所《まんどころ》とか、淀君《よどぎみ》とかを筆頭として、京極の松の丸殿もそれに並ぶ五妻のうちの一人でした。一人の男に仮りにも正式に妻と呼ばれるものが五人あって、それがおのおの一城を持って、一代を誇っていたのです。そのくらいですから、それ以外にあの秀吉の征服した女という女の数は幾人あったか知れません――と想像もできますし、また物の本を読めば、相当に実例を挙げて数えてみることもできるのではありませんか。甚《はなはだ》しいのは、宿将勇士たちを朝鮮征伐にやったその
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