にするように出来ているだけのものなんでしょう。一人の夫を守らなければならないようにさせられている者が貞女で、多数の男を相手にするものが不貞女とは断言できません。良家の夫人と言われるものでも、性格的にずいぶんイヤな女があり、遊女おいらんの類でも、性格的に立派な女があるものです。貞操なんていうものの本質を何だかわかっていないくせに、世間|体《てい》だけを守って、内実は堕落しきっている良家の夫人というのがいくらもあります、それからまた、境遇さえ改めてやれば、立派な貞女になりきる遊女がいくらもありますね――わたしは女を見るに、貞操なんぞをそう勿体《もったい》ない標準にしたくはないと思います。もともと、貞操というものは、一定の人を、一定の人に押しつけたり、与えきったりしようとする圧制から起った人間の勝手な束縛なのです。しかし、昔はその圧制も束縛も、社会生存のために必要でありました点は認めますけれども、今ではその圧制と束縛が、人間を使用するようになりました」
「そうしますと、女の貞操というものは、無条件に解放していいのですか」
「そうです」
「では、女という女はみな、遊女にならなければならない道理ですね」
「いいえ、違います、遊女は操《みさお》を売るのです、解放というのは売却することではありません、また、わたしたちの社会では、売ることの必要を認めないのです、男も女も独立して生活が与えられる保証が立てば、何を好んで売りたがるものがありましょう――縁あれば会い、縁なければ去るだけのものです」
「なかなかむずかしくなりましたが、それはそうとして、かりに道義的に貞操を認めないとしても、感情的に汚《けが》らわしい女と、汚らわしくない女との区別はありましょう、そうして、仮りにあなたが男であって、どちらかを選ぶとすれば、それは無論、汚らわしいものよりも、汚らわしくないものを選ぶことでしょう。最初から一人の男を守り通してくれる人と、誰でもおかまいなしに相手にする女と、どちらを選ぶかということになれば、あなただって、それはきまっているでしょう。それをもう少し実感的に言ってみるとですな、あなたの妻が、あなた一人を愛してくれるのと、妻でありながら他の男に許すという女と、どちらを選びますか」
「そんなことはお尋ねになるまでもありませんよ」
お銀様はツンとして、つき戻すように竜之助に向って答えました、
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