出たようなものですから、お雪ちゃんの神経が少し昂奮し過ぎていたのでしょう。
「大へん、ようござんすね、よろしうござんすけれども、弁信さん……」
お雪ちゃんは、とりあえず問いに答えておいてから、引続いて、やっぱり怨《うら》み言《ごと》の筋を引くことを如何《いかん》とも致し難く、畳みかけて詰問でもするように、
「あなたという人も、あんまりじゃありませんか、わたしをこんなところへまで連れて来て――連れて来て下さった御親切も、こうして何とは知らないけれども、住み心地は悪いとは思えないところまで、連れて来て下さった御親切は有難いですけれども、わたしの会おうとしている人に、ちっとも会わせて下さらないじゃありませんか」
「ああ、そのことですか」
「そのことですかじゃありません、美濃の国の不破の関へ来て、鈴慕の曲をまで聞かせて下さっておきながら、それからあとはどうしたのです、あなたはどうしてわたしの会いたい人に会わせて下さらないのですか――鈴慕が聞けるくらいのところにいるのですから、あなたさえ会わせてやろうとお思いになれば、今日すぐにでも会えるに違いないと思いますのに、それを、あなたは会わせて下さらない、ただ会わせて下さらないだけならいいけれども、もしかして、あなたは、わたしをあの人から遠ざけようとなさるのじゃないかしら、それも、あなた一流の親切から出でてそうなさる、意地悪でなさるのではないことはよくわかっていますけれども、そんなにまで、わたしというものが、たよりない、意気地ない人なのでしょうか。不破の関で鈴慕の曲を遠音に聞いて、それからわたしは、あなたの呼びにいらっしゃるのを待ちきれませんから、自分で行って見ますと、鈴慕の主はいないし、関守さんもなんだか空とぼけておいでになって、わたしの聞きたいわけを答えては下さいません。ただあの紅々《あかあか》と燃えた炉の中に、尺八の燃え残りだけが無残に残っておりました。それから、わからないお嬢様が、思い通りの世界を作ってみたいとおっしゃって、ここへ土地をお求めになり、住居を建てるから、わたしも仲間に入れとおっしゃる。それはよいことだと弁信さん、あなたも賛成なさいますから、あなたを信じて、ここへこうして三日目になりますけれど……」
ここでも、お雪ちゃんが、弁信の株を奪って、一息にこれだけの恨みつらみを述べたててしまいました。
「よくわかりま
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