来ました。
この大きな、そうして強い鳥が、あの村里の森の中に今まで潜行していたと見えるが、今しパッと舞い上って、空中に姿を現わしてみると、また急に低く飛び下り、低く飛び下ったかと見ると、また、やや高く舞い上ったのです。その途端にパンパンと鉄砲の音が続けざまにまた聞え、同時に、蟻の子を散らしたような人が、あちらこちらへ去り飛ぶのをハッキリと二人が認めました。
そこで、お雪ちゃんには、はっきりと、それだけの光景のおこりがわかりました。ああ、そうだ、さいぜんの大きな鷲が人里に下ったものだから、それを認めて、村人が騒ぎ出したのだ、だが、それは大きな鷲を見ていないこのお銀様には合点《がてん》のゆかないことだろうと、
「わかりました、わかりました、お嬢様、わたくしが先程ここで見ておりますと、あの比良ヶ岳の方から一羽の大きな鷲が参りまして、それが、この胆吹の上から館《やかた》の屋根の上を飛び廻っておりましたが、やがてあの村へ飛び下りたのは、たった今のことでございました、それを村の人が見つけて捕まえようとして騒いでいるのでございましょう」
「ああ、そうですか、あの大きな鳥は鷲でございますか」
とお銀様も、またその鳥の姿を見ていると、或いは高く、或いは低く、村里と人の頭上にのぼりつ降りつして、その辺を去らない鳥の挙動を、いよいよ不審だと思わないわけにはゆきません。
いくら鳥類の王、無双の猛禽にしてみたところが、人類の威嚇を怖れないというはずはない。まして、その様式の程度は知らない、種ヶ島時代の遺物にしてからが、鳥おどしの価値だけは充分につとまる、あの鉄砲というものの音を聞いて走らない鳥はないはずなのに、あの鳥は自家の勇力を恃《たの》んでか、高く低くあの通りにして人里と人の影を怖れない、見ようによっては人間と相争うかの如く、また人間を憤るかの如く、また人間を揶揄《からか》うかの如く、つかず離れずに空と地とで対峙《たいじ》しているのであります。人間の騒いでいることは、猛禽の襲来に備える意味から言っても、同時にこれを捕えんとする慾望から言っても、当然のようなものだが、それと対抗して去らない鳥の挙動こそ解《げ》せない――と眉をひそめた途端に、お銀様がハッと気のついたことがありました。
それは先刻、開墾地方面をゆらりゆらりと歩いていた時分に、パッタリ行会って、それから取引の開始となって
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