にぎ》やかさが加わってゆくうちに、これが与八が註文したわけでもなく、お松のような指導者が存するわけではないのに、花卉木草《かきもくそう》を植え込んだ次に、手でするさまざまの供え物が集まって来るのが不思議でした。
 例えば真白い木綿達磨《もめんだるま》、紙幟《かみのぼり》、かなかんぶつ、高燈籠《たかどうろう》といったようなものを誰が持ち来たすともなく持ち来たして押立てる。
 無邪気で、こういうことをしている間に、そこは子供心で、おのずからの競争心といったようなものが出て来るのを認めます。甲の紙幟の評判がよいと、乙がそれに負けない気になって、それよりも優れたものを拵《こしら》えて来る、丙のかなかんぶつが喝采を博した時は、丁は竿の先に結びつけた高燈籠の色紙に自慢を見せて、高々と差しかざして来て押立てる――そうして、自然それが出来ない子供のうちには若干の羨望《せんぼう》もあるし、諦《あきら》めているのもあるし、肩身の狭い思いをしているらしいのもある。子供らの為すことのすべてに干渉しない与八も、そういう空気を見て取っては、知らず識《し》らずのうちに子供たちの無益な競争心が増長しつつ行くのを見ると共に、その競争に堪えられないでしおれる子供たちを見ると、その弊害の尠《すくな》からざることを思いやりました。
 そこで与八は、なるほどお松さんが、子供を見ているうちに、どうしても教育をしなければならないとさとってこれを実行した心持がよくわかり、自分もそこでお松|直伝《じきでん》の教育をはじめることになりました。しかし、これはお松さん直伝の教育というよりも、与八さん独得の説教といった方がよいかも知れませぬ。
 自分がコツコツと石像をきざみながら、板の間へ子供たちを呼び入れて、ねんごろに話を聞かせてやりました。
 話といっても、与八のはお伽噺《とぎばなし》や武勇伝のようなものではなく、みんな、よく遊びながらも、おめぐみということを考えなくてはならねえ、第一父母のおめぐみ、それから目上の人のおめぐみ、国のおめぐみ、世の中のおめぐみ、神様仏様のおめぐみということを考えて、めったに人と争いをしてはならねえ……というようなことを、くどくどと教えるのですが、妙にそれが子供の頭に入るので、神妙に聞いています。
 それからまた、与八は子供たちに、東妙和尚うつしの地蔵和讃などをも口うつしに教えました。
 
前へ 次へ
全104ページ中97ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング