れて運ぶために備えつけられていた長持が無い限り、道庵の呼吸のために安全弁が特設されてあろうはずもないから、いたずら心はいたずら心として、中に納まった道庵は蓋をされる瞬間に、そこは心得て、なんらか空気流入の調節方法を講じて置いたものと見なければならぬ。
こうして内心大満悦で、予想を許されざる次の舞台まで舁《かつ》がれて行って、そこで底を割って、やんやと大当りを取ってやろうという趣向が、中で揺られている間に、またいい心持になって、おぞましくもぐっすりと寝込んでしまったのが運の尽き?
幾時かの後、はじめて眼がさめて見ると、この体《てい》たらくである。
そのくらいだから道庵は、ここが石田村であるか、土田村であるか、そんなことは知らない。また、たった今の先まで威勢よく、自分というものが中に忍んでいるということは知らずに、手揃いで舁ぎ込んで来た若衆の面《かお》ぶれも知らなければ、事の重大な成行きなんぞも知ろうはずはない。
そこで、ごらんの通り、深田地獄の中でこけつまろびつ――気の毒といえば気の毒ですけれども、なあに本来当人酔興の至りで、自業自得というものです。癖になるから、ああしといて、さんざんに笑っておやりなさい。
二十四
お銀様の実家――すなわち甲州有野村の藤原家の広い屋敷内の一角で、与八としての新しい仕事が一つはじまりました。
それは、お銀様の拵《こしら》えた悪女塚を取崩しにかかっているということです。
これが非常に危険性を帯びた仕事であるということは、仕事そのものが必ずしも危険性を帯びているというわけではない、それがために後日捲き起さるべき風雲を予想してみると、知れる限りの人が誰ひとりおぞけをふるわないものはありません。
あの暴女王が、旅に立つ前に残して置いた記念事業です。それにさわることすら怖れられていたものを、与八という風来の馬鹿みたような男が、平気な面をして、順々と取崩しにかかっているのですから、それを見たほどの者が、ピリピリとふるえ出したのです。
もちろん、これは父としての伊太夫が命令を下して、そうさせている仕事でないことは明らかであります。親権者としての父の伊太夫が、この横暴なひとり娘に対して権威の極めて薄いことを知っている者にとっては、たとい暴女王の不在中とはいえ、それを取壊さしめて、その帰って来た後の風雲を予期しない
前へ
次へ
全104ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング