安をまで禁止してしまわなければならないほど、事態が切迫しているとは思われない。そこで、米友としては、肯定とも否定ともわからない返答をしているのだが、事態はそんなことには頓着せず、番頭も、馬子も、呑気なもので、馬を道わきへ置きっ放しにして、早くも雨乞いの踊りの庭へ乗込んでしまったのですから、米友もいまさら甲乙を言うべき隙間もなく、自分もつい引込まれて、その祭の庭へのぞきに行きました。
 それが、ただこれだけなら、まだよかったのでしょうが、ちょうどそれとほんの少しばかり遅れて、東の方、北国脇街道を経て来たものと覚しい、ワッショイワッショイが一つありました。
 このワッショイワッショイは、あの名古屋の枇杷島橋《びわじまばし》で道庵を挟撃したそのファッショイ連とは違って、これは、三ぴんでもなければ折助でもなく、正銘のこの地方の若い衆が大勢、景気よく一つの長持を担《かつ》いで、飛ぶが如くに、こちらへやって来るのでありました。
 両替の馬と番頭米友らの一行が、祭の庭を見ることがもう一足|後《おく》れたなら、当然ここでバッタリと鉢合せが起ったのでしょうが、その間に二三分の差違があったのですが、ここへ来て、鳴物入りの踊りのあるということを認めたのは同じで、同時に彼等の好奇心が、やっぱり両替の一行と同じように、この地方古来特有の名物、雨乞踊りの古雅なるものをのぞきたいとの慾望から、ワッショイの気勢を頼んで、そうして彼等は総くずれになって、ドヤドヤと祭の庭になだれ込んだのは是非もなく、それは同じ道草にしても、両替の一行の方はみんな相当の穏かさを持っているのに、ワッショイの方は、血気盛りの若衆揃《わかいしゅぞろ》いですから、むやみに気が強くなっていてたまりませんでした。今まで景気よく担《かつ》ぎ上げて来た長持は大道中へおっぽり出して、立見の総見になだれこんだのです。せめて、もう少し老功者でもいたことならば、同じおっぽり出すにしても、多少は道の傍らへおっぽり出して置くだけの遠慮はあったでしょうが、気の強い若い者の集まりだけにそれが無かったのです。こうして、石田村の祭の庭は踊りに繁昌しましたけれども、前の街道には馬と箱とが狼藉《ろうぜき》におっぽり出されているところへ運の悪い時は悪いものです。
 そこへ例の老中差廻しの検地の役人の一行が、東の方から威儀堂々として通りかかったのです。
 そこで
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