いのは、道庵もまた御同様。正面衝突も気がきかないから畑の中へ飛び込んで桑の木へひっかかったり、武州熊谷附近通行の際――あの時桑の木が無かろうものなら道庵はどこまで飛んで行ったかわからない、後向きに馬に乗ったりなんぞしてごまかしたのは知っての通りであります。
そこで米友も考えました。どのみち、お通りなんぞは、こっちにとっては性が合わねえにきまっているが、へたに喧嘩をしてもつまらねえことだから、おいらあ、お通りのねえ道を通るんだ――
と言って米友は、自発的にフイと横へ切れてしまいました。
横へ切れてやみくもに走ると水口に突き当りました。
「おやおや、どっちい行っても水だなあ」
と言いながら、その水際まで行って見ると、また別に、
「おやおや」
と繰返さざるを得ませんでした。どっちへ行っても水のはずです、ここは長浜の西の部分で、名にし負う近江の湖水に直面しているところですから、西へ走る限り、どっちへ行っても水なのはわかりきっております。
「うむ、そうだ、これが琵琶湖の片っぺらなんだ、広いなあ」
と言いながら米友も、改めて直面する琵琶の湖水を目のあたり眺めて、その風光に見惚《みと》れました。
見惚れたといっても、ただ、広いなあ、綺麗だなあと舌を捲くだけのもので、眼前に島も見えるには見えるが、どれが有名な竹生島《ちくぶじま》で、どれが沖ノ島で、どれが多景島《たけじま》だか、その辺の知識は皆目《かいもく》めくらなんですから、米友の風景観には、さっぱり内容がありません。
しかし、客観的には内容が無いが、主観的にはです、米友の頭の中には、かなり米友として複雑なる感情が蟠《わだかま》っているのです。
静かな湖面を、じっと彳《たたず》んで見ているうちに――
ですから、近来の米友には、じっと風物を見込むと、知らず識《し》らず考え込む癖がついてきました。
今も湖面の風光に見惚れているうちに、天候には変りがないが、いつのまにか湖面に穏かならぬ舟足がいくつも相ついで、つい米友の目の前の広い草原のところへ、その船の中からぞくぞくと人が集まって、そうしてその広場にかたまる様子でした。最初のうちは空想に捉われて、何とも思わなかったが、そのうちに様子がなんとなく穏かでないものがあるものですから、米友が、
「はて、あんなに舟でぞくぞくと乗りつけて来て、いってえ何をするつもりなんだろう、別に
前へ
次へ
全104ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング