ただけですから、中の物体はよくわからないが、形だけは風呂敷を抜いた角々で相当に受取れる。それによって恰好を案ずると、どうやら、古《いにし》えの武将が着た兜《かぶと》のような形をしています。別に長い箱入りの軸物のようなものが二本――そんなのを枕許と横ッ腹に抱えて、七兵衛はすやすやと昼寝をしているのです。
七兵衛の寝息は、いかなる場合にもほんとうに軽いものです。いかに熟睡の時といえども、いびきというものを聞かせたことはなく、障子一重にいても、寝息そのものを感ぜしめたことはない。身も軽いけれども、天性、息も軽いのです。形そのものさえ見せなければ、他のなんらの気配によっても、自己の存在を、目と鼻の先の人にさえ知られるということのないように――すべてが出来ておりました。
そこで、誰に憚《はばか》ることなく、昼寝の甘睡を貪《むさぼ》っていること幾時――自分の存在を知らしめないだけの天地の上に、他の者の来襲に遭っては、針を落したほどの音にも眠りを醒《さま》すの機能を授かっている。こうして甘睡を貪っていたところを、思いがけなく、息もつかせずにこの梁上床下の天才を襲いかけた不敵者がありました。しゅうーしゅうーっと鳴りを立てて、七兵衛が甘睡の枕許に、鼠花火のように襲いかかり、枕許の風呂敷を被せた兜様のものにカツンと当って七兵衛の面を横倒しに撫でおろしたものがあったのには、さすがの七兵衛が夢を破られて、一時は全く周章狼狽しました。
何だ、もとより人間のお手入れではないし、そうかといって、鼠やいたちの類ではない。横倒しに倒れかかって自分の面を上から撫でおろした一件の物を、無性《むしょう》にかなぐりとって見ると、それは一筋の弓の矢でした。
「あ、矢だ!」
縁の下のいずれかの隙間から、この矢が流れ込んで、自分の枕許を脅《おびやか》したのだ。我ながら――人獣に備える心は不断に怠ったとは言えないが、まだ、ここで弓矢に覘《ねら》われようとは、さすがの七兵衛も予想していなかったことです。
その矢を握りしめて、半分起き直って見ると、七兵衛の頭を掠《かす》めたのは、この一筋の矢が――果して、自分のここにひそんでいることを認めて来り脅したのか、或いは何かのはずみの流れ矢か、その二つのうちの一つでなければならぬ。後のものならばまず安心だが――前のであってみるとこれはたまらない。
七兵衛は、素早く身づくろいをせざるを得ませんでした。
ともかくも自分の身だけを、いま寝ていたところよりは、ずっと一段の奥、海に近い方の親柱の一本を小楯にとって、身を伏せたまま、二の矢の受けつぎを、じっと見つめて息をこらしたものです。
まもなく外で人声がします――
「どこへそれた――」
「その植込の笠松の枝ではないか」
「塀の下を見い」
「燈籠《とうろう》の蔭――」
「雨落の中――」
「樋《とい》の間――」
「いずれにも見えませぬ」
「では」
「このお床下へ飛び込んだものに相違ござりますまい」
「なにさま」
「お床下だ」
二人のさむらいが来て、雨落の下でしきりに評定をはじめたが、もとより、七兵衛の耳へ手に取るように入る。
まず安心――それ矢だ、どこかこの近隣で弓を稽古していたさむらいの矢が一筋それてこちらへ飛び込んで来たまでのことだ。あえてこの七兵衛のあることを知って、試みに射込んだ探りの矢でなかったことは安心だが、外の評定はこれで終ったのではない。もとより二人のさむらいは、もう縁の下だと諦《あきら》めて立去ってしまったのでもない。まだ同じところに立って評定を続けている。
「ちと困ったことだ」
「捨て置きましょう」
「いや、捨て置くわけにはならん、苟《いやしく》も藩の御殿の床下へ矢を射込んで、それをそのままにして置いては、後日の言いわけが相立たぬ」
「それもそうでござりますな」
「大儀ながら番人に申し入れて、よく床下を探させ下さい」
「心得ました」
この問答を聞いて、再び七兵衛が不安に襲われました。
なるほど、あやまって射込んだ矢一筋ではあるが、御殿の床下へ入ったものを、そのままにして置けない、尤《もっと》もな言い分だ。だが、そうしてみると、当然、ここへもぐり込んで、あくまで矢を探しに来る人の数がある。矢一筋よりも、見つかってならないものが現にこの通り床下にあるのだ。それをどうしよう、七兵衛は本当に焦眉《しょうび》の急《きゅう》の思いをしました。
自分一身が遁《のが》れるだけは何の苦もないことだが、枕許のあの一件、あの幾点の品、あれをこの際、土を掘って埋めるわけにはいかない、火をつけて焼くわけにもいかない、当然やがて寸分の後、ここへもぐり込む人の身が、一筋の矢よりも、もっとずっと大きな獲物を発見するにきまっている……
はや、三方からメリメリと矢探しの手がかかって来た。黒
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