人数だと認めないわけにはゆきません。
 お松は胸のつぶれる思いをして、自分は物蔭から月の陰影で、自分の姿は安全に保証されている立場から、一心にそれを見詰めていますと、それは自分が心がけている臥竜梅の大木の下を、その捕方は目指しているような足どりで、そこへ来ると、数人が居合腰になってかたまり、額をあつめている。
 お松が息をこらしてそれを眺めているとも知らず、右の捕方と覚しい一かたまりは、そこで額をあつめて、一応の合図をしたと見ると、どうでしょう――一人、二人ずつ、昼のうちからお松の焦躁《しょうそう》の種を蒔《ま》いていた、あのイヤな桶屋さんの置き放した桶の前まで来ると、一人ずつが素早く、その大きな修繕半ばの天水桶を無雑作に押傾けると、その中へついと身を隠してしまったのです。そこで表面は何もない伏せ桶の中には、たしかに五人ばかりの人数が隠されてしまっているということが、お松の眼にはっきりと受取れてしまいました。
 これは、尋常ではない――お松は手にしているお弁当を取落そうとしました。こうなるとお弁当を供給するその使命そのことよりも、この場のなりゆきを注視することが大事です。たとい夜が明けるまでも、この場は去れない。この場にこうしていて、これから先のなりゆきを監視し尽さなければならない。そう思って見れば、そこへ姿を消した巡礼姿の人も怪しい。あとのは、てっきり人を召捕るためのお手先に相違ないが――そうだとすれば、誰を召捕るため、それは言わずと最初から胸一杯に思い塞《ふさ》がっている。自分がこの当座の糧食を捧げようと思う目当ての人と、今のあの人たちが覘《ねら》っている目当ての人と、同じでなくて何であろう。
 ああ、こうして七兵衛おじさんが召捕られるのだ。何の間違いで、また何の罪で――これはこうしてはいられない。こうしてはいられないといって、どうすればよいのだ、今の自分として、事の急を七兵衛おじさんに告げ知らせてやる便りは無いではないか。よしそれがあったとして、自分がこの場を飛び出せば、七兵衛おじさんが召捕られる以前に、自分が捕まって、当座の動きが取れなくなるにきまっている。声を立てて叫ぼうか、それとも、この垣を越えて逃げようか――そのいずれも進退きわまっている。ただ、為し得ることは、ここにいて事のなりゆきの一切を見つめていることだけだ。
 お松は絶体絶命の立場から、また一種
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