した。
「あっ!」
と驚いたのは甚目寺の音公でした。たかの知れた小童《こわっぱ》、それにしてはイケ図々しい奴と、懲《こ》らしめのためにポカポカやっていたのだが、急に反抗すると、それは驚くべき腕ざわりで、油断をしていたとはいえ、甚目寺の音公ともあるべきものが、とんぼ返しで、地上へ取って投げられてしまった。
 あっ! と目がくらんだけれども、そこは甚目寺の音公も、草相撲の関を取るくらいの男であり、しかも郷党の先輩、加藤の虎や、福島の市松の手前もあり、投げられてそのまま、ぐんにゃりとしてしまうことはできない、直ちに残して起ち上るや、三たび鞍壺にかじりついていた米友の両足をとって、力任せにグングン引張り、ついにやっとすがりついたばかりの米友をまたしても地上に引きずりおろしてしまいました。
 それから後は、ここでくんずほぐれつ両箇《ふたり》の乱取り組打ちがはじまってしまいました。
 人通りが黒山のようにたかり出したのは、申すまでもないことです。

         十

 この甚目寺《じもくじ》の音公が相撲の手を相当に心得ているということのほかに、なおいっそう米友にとって戦いにくいことは、戦いの
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