い叫びを慎《つつし》んだもののようですが、その声でお銀様も改めて人混みの中を見渡したけれども、急にそれらしいものを認めることができませんでした。
何とならば、唯一の目標とするのは、その顔面の大きな創《きず》ではありといえ、それほどの創を持つ人が、自慢で見せて歩くとも思われない、よし自慢にすべき向う創であっても、そこは道中のこと、笠もあれば、頭巾もあろうというもの、どれをそれと小さな尼が呼んだのか、お銀様には分りませんでしたが、心走りに走り出した小さな尼が、
「お父さん――」
ついに一人の男の人をこの子がとらえてしまいました。見れば、なるほど、小柄で、そうして背が低いには違いないが、その身体《からだ》は桐油《とうゆ》の合羽《かっぱ》でキリリと包んでいるし、質素な竹の笠をかぶり、尋常な足ごしらえをしているものですから、お銀様に先手《せんて》の打てようはずがありませんでした。
しかし、この幼尼からとらえられた時に、笠と合羽の主は、ハッと物に打たれたように向き直って見た瞬間、お銀様も、確かに、その人相を見てとりました。厳しい顔であると思いました。厳しいというのは、その尋常な田舎老爺《いな
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