少しも変りがありませんが、この時、うつつの境にもの[#「もの」に傍点]悲しい泣き声を耳にしました。
 それは、若い詩人などがよく言う、魂のうめき[#「うめき」に傍点]とか、すすり[#「すすり」に傍点]泣きとでもいったものか、世にも悲しい、細い、それで魂の中から哀訴※[#「りっしんべん+瑾のつくり」、320−3]泣《あいそきんきゅう》して来るような声であります。
 おかしいことには、それがよそから来るのでなく、釣台の上に横臥安置せしめられているイヤなおばさんの身体から起るのであります。たとえ裸にされたからといって、イヤなおばさんともあるべきものが、若い詩人のするような唸《うな》り声で魂をうめらかすなんぞは、外聞にもよくないと思われるが、それにも拘らず、魂のうめきを、このイヤなおばさんの肉体がしきりに発散させているのです。といっても、イヤなおばさんの身体そのものは、それがために少しも輾転反側するわけではなく、以前と同様の安静と、無表情と、微動だもしない死そのものの中から起って来るのですから、特にこのおばさんが苦しがって、魂のうめきを立てているわけではないのです。
 してみれば、おばさんの寝
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