それは、大変なことでございますね」
と言っているうちに玄関へ来ると、お角が女中たちに先立って、この美少年のために履物《はきもの》を揃えてやりました。
「これは恐縮」
と言って草履《ぞうり》を穿《は》く途端に、ちょっとよろけて、美少年の手がお角の肩へさわりました。お角はそれを仰山に抑えて、
「おお、お危ない、お年がお年ですから、お足元に御用心なさいまし」
「いや、どうも済みません、では、明日はお待ち申していますよ」
 この途端に、すっと入違いに無言で、大風《おおふう》に入って来た人がありました。
 それは、土器野から廻り道したものか、この時刻になって立戻って来たお銀様でありましたから、機嫌よく美少年を送り出した途端に、この気むずかしやの苦手《にがて》を迎えねばならぬお角さんは、ここでちょっと気合を外《はず》されてしまった形で、
「これはお嬢様、お帰りあそばせ」
 今まで美少年を相手にしていた砕けた気分がすっかり固くなり、言葉の折り目もぎすぎすしているようで、我ながらばつが悪いと感ぜずにはおられません。

         四十四

 そうして置いてお角さんは、お銀様の部屋へ御機嫌伺いに出
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