せば灘田圃《なだたんぼ》だ。
だが、なにがなんでも灘田圃へ連れて行って、この若者を生埋めにするつもりでもあるまい。そうかといって、半ば失神のこの若い者が、絶望のあまり灘田圃へ身を投げに迷い込むとも思われない。
その時分、灘田圃三千石の夜の色がいっそう濃くなって、国分寺|伽藍《がらん》の甍《いらか》も、大名田、花里の村々もすっかり闇に包まれてしまい、二人の姿も、もう闇のうちには認めることができなくなりました。
「道を間違いました」
やっと、若いものの声が闇の中から聞えた、ところは辻ヶ森。
それからまたややしばし、郡上街道《ぐじょうかいどう》の真只中にその姿を見せたと思うまもなく、三本松の夜明しのあぶれ駕籠屋《かごや》の小屋へ、外から声をかけた者がある。
「これこれ駕籠屋」
「はいはい」
「代官屋敷の者だがな、これから一時《いっとき》ばかりたってでよろしい、二梃の早駕籠を東川の辻に待たして置いてくれ」
「はい畏《かしこ》まりました、畏まりました」
外で呼びかけたものは内の者の面《かお》をも見ない、内で答えたものは、外の何者かを考えないが、代官屋敷御用の声に権威があって、仰せを畏ん
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