めくり、
「これは面白そうだね、雪国の話、大きな熊が出ているわ――誰が写したのか女の手のようね、なかなかよく書いてある、絵もよくうつしてあるわねえ」
それがお目に止まったのは、得たり賢しというみえで、番頭が、
「うつしたのは、いいところのお嬢様なんですが、特にお頼みして書いていただきました、その初《はつ》おろしをこちら様に読んでいただきたいものでございますから、まだ綴目《とじめ》折らずでございます」
商売柄、如才ないところがある。なんにしても初物は気持が悪くないと見えて、お蘭の方の御機嫌も斜めでなく、
「では、ゆっくり貸して置いて下さい、これんばっかりじゃないでしょう、まだあとが続くんだろうねえ」
「ええ、続くどころではございません、まだあとが五十冊もございます、一生懸命うつさしておりますから、追々とごらんに入れまする」
若い番頭がまた頭をこすりつけると、いよいよ御機嫌のよいお部屋様は、
「まあ、政ちゃん、こっちへ入って、殿様から一つお盃を頂戴なさい、今日はわたしたちの雪見だから無礼講よ」
「これは恐れ入りました」
「御前様、これがあの鶴寿堂の政吉でございます」
「そうか、入れ入
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