、日本の絹をばかに好くんですね、そこでわたしは、日本中の絹と生糸を買い占めて、異人に売り込んだら、ずいぶん大仕事ができると見込みましたよ。幸い、わたしの生れた甲州や、その隣りの信州なんぞでは、田舎家で一軒として蚕を飼って糸をとらないところはありませんからね、島田糸なんぞにして家《うち》で着用《きよう》にしたり、その残りは八王子だとか、上州だとか、機場所《はたばしょ》へ売り出すんですが、あれを買い占めて浜から異国へ積出すんですね。
 これは確かに儲《もう》かりますぜ。私はそれをやってみたくてたまらないが、差当っていちばん困るのは異人さんに信用がないことです。異人というやつは、信用すればどこまでも信用するし、信用しなければ、てんで相手にしないんですから、どうしたらその異人に取入って信用がとれるか、それに一生懸命苦心して、このごろはしょっちゅう築地の異人館附近に立廻っているが、言葉はわからないし、ひき[#「ひき」に傍点]はなし、どうしても異人へ信用を売りつけることがむずかしいと苦心し切っていたところへ、偶然あなたのお姿を異人館で見かけました。
 しかも、あなたの異人さんとの交際ぶりが、ずいぶ
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