屋人への面目のためであり、武術の神聖を冒涜《ぼうとく》するやからへの見せしめであると、米友は、ここに覚悟の臍《ほぞ》を固めましたが、その文字の上に現わされた似顔絵を見ると、米友が泣いていいか、怒っていいかわからない心持になったのも無理はありません。
「なあんだ、らっきょう[#「らっきょう」に傍点]か」
十七
その翌日、米友は例によって弁当を背負い込み、富士見原は目をつぶって素通りして、津田の別荘へ馳け込んで、実《み》のある弁当を抛《ほう》り込み、カラになったやつをその風呂敷に引包んで帰ろうとする挙動が、いつもよりはあわただしいものです。
それはすなわち、今日はひとつあの武芸大会の小屋へねじ込んで、安直と、金十郎らに目に物見せてくれようとの決心があるからです。
その物音を聞きつけて、今までは、発明の補導に熱中していた道庵が、今日は珍しく面《かお》を出して、
「おいおい、友兄いや」
「うむ」
「うむ――はいけねえよ、あい[#「あい」に傍点]とかはい[#「はい」に傍点]とか言いな。それから友様、今日はゆっくりしておいで、いいものを見せてあげるからな」
「あっ!」
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