」
「おばさんも、お雪ちゃんという子は嫌いじゃないんでしょう、ずいぶん可愛がっておやりのようでしたし、お雪ちゃんの方でもまた、イヤなおばさん、必ずしもイヤなおばさんでなく、そのうちに愛すべき人間性のあることを認めていたようですから、おばさんにとっても得易《えやす》からぬ知己でしたね」
「生意気なことをお言いでないよ。だが、そう聞いてみれば、わたしもみすみす、そんなやくざ野郎の手にあの子を渡したくない」
「では、高山へ参りますか」
「行きましょうよ、お前も一緒に行っておくれだろうね」
「行きますともさ、僕だって意地でさあ、がんりき[#「がんりき」に傍点]のやくざ野郎に、お雪ちゃんなんぞを取られてたまるものか。あの野郎のことだから、手に入れるとさんざん見せびらかした上、年《ねん》いっぱいに叩き売るにきまっていますから、そう話がきまれば善は急げ、一刻も早く行ってやりましょう」
「そうしようよ」
釣台が、その時、以前の通り、担《かつ》ぐものもないのに、ふわりと動き出して、裸体で、無表情で、そうして魂のうめきを続けているところの肉体を載せたことは前の如く、すーっとこの場を流動してしまいます。
口をあいてそれを見送っていたピグミーは、存外あせらず、例の角行燈《かくあんどん》の前に小さい膝をドカリと組んで、油差の油をゴクリと飲み、小憎らしい落着きを弁信の方に見せ、
「どうです、弁信さん、これでもまだ起きられませんか。あのイヤなおばさんさえ、お雪ちゃんのためにじっとしていられないと言って、飛騨の高山へ向けて先発しましたぜ、それに何ぞや、弁信さんともあろうものが、まだ悠々とお休みですか。それも御無理ではございません、弁信さんは疲れていらっしゃる――まあ、ごゆっくりとお休みなさい、僕はこれから、イヤなおばさんのあとを慕って、お雪ちゃんのいる、飛騨の高山まで急ぎます……」
八
その翌日のお正午《ひる》少し前、池田良斎は、俳諧師《はいかいし》の柳水と共に浴槽の中につかっておりました。
「外は雪で埋もれた山また山の中も、こうして湯気の中に天井から明るい日の光を受けていますと、極楽世界ですな、それにつけても、北原さん――の一行はこの雪の中を御苦労さまです」
柳水が言うと、良斎は、
「なあに、外へ出れば出たでまた気がかわりますからね、血気壮んな者にはかえって愉快でし
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