かされている下の釣台の中か、或いはその下の畳のあたりで、この魂のうめきが起るとしか思われないのです。この魂のうめきとても、事実、弁信の耳に入ったか入らないかそれさえ疑問で、弁信の安眠に落ちていることも以前と少しも変らないのに、よし、たった今この魂のうめきを聞いたからとて、その起る源を確めようとして起き直って来る形勢は少しもないからであります。
 また、かりに弁信が、それを聞きとがめたとしてみれば、起き上って、その源を確めに来る前に、あのお喋《しゃべ》りのことだから口からさきに起き出して、「たれですか、そこに魂のうめきを立てていらっしゃるのは。ピグミーさんは、イヤなおばさんという名前をしきりに呼びかけたようですけれど、わたくしはまだそのイヤなおばさんなるものにおつき合いを願ったことは更にございませんが、たとえ、おつき合いこそ致しませんでも……」なんかんと、語り出すに相違ないのだが、そんなお喋りも聞えないところを以て見れば、弁信はこの魂のうめきに目を覚ましていないことは明らかです。
 弁信がそれを聞いているといないとに拘らず、魂のうめきはいよいよ盛んであって、それはどうしてもイヤなおばさんの身体か、その真下から起らねばならないことになりました。
 おや! ごらんなさい、じっと安置されていたおばさんの身体が少し動きましたぜ、慄《ふる》え出しましたぜ、さすがに裸じゃ寒いでしょう。おやおや慄えているんじゃありません、動き出したのですよ。オヤ、おばさんの身体中の毛の穴が、ゾックリとふくらんできましたよ。おやおや毛の穴が動き出したと思ったら嘘でした、虫です、虫です、虫になりました。まあいやな、幾千万とない真白な女子蛆《おなごうじ》! おばさんの身体が、そっくりと真白な女子蛆になってしまいましたよ――まあ、あとからあとからあの通り、蛆がうずうずとして頭を出しています。あの蛆が我さきに頭を出そうとして泣いているのですよ、魂のうめきじゃありませんでした、蛆のひしめき合いです、ぞっくりとおばさんの、あれ、面《かお》も、首も、腹も、手も、足も――ぞっくりと首を出した目鼻のない蛆、頭をうごめかして先を争って這《は》い出そうとしても這い出せない、蛆の頭だけがああして、ぞっくり苦しがっている――あのうめきをお聞きなさい、魂のうめきなんてしゃれ[#「しゃれ」に傍点]たものじゃありません、女子蛆のう
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