ってあげようか、お前の好きな団子もあるよ」
芝居の太夫元ででもあるらしいお客を相手にしながら、こちらを向いて米友を呼びかける。
「おいらは腹がくちいから……」
「先生にも困ったものだね、何か飛車《とびぐるま》をこしらえることに夢中になってるというじゃないか」
「うん」
「で、お前、いつ立つの」
「いつだかわからなくなっちゃった」
「いい酔興だねえ――そうして友さん、熊はどんなだえ」
「おかげでピンピンしていますよ」
「それはまあ、よかったね」
「さよなら」
「もう帰るの?」
「うん」
「じゃ、またおいで――誰か友兄いに落雁《らくがん》をおやりよ」
「はい、友さん」
「いや、どうも有難う」
「名物だから、持って行って食べてごらん」
「こんなには要らねえ」
「お前、食べきれなけりゃ熊におやり、ちょうどいいから、首根っ子に背負っているのが先生のお弁当がらだろう、それへ入れて持っておいでよ」
こうして夥《おびただ》しい落雁を背負わされた米友は、つい順路を間違えて、あらぬ町々をうろつきながら宿へ帰って来て見ると、庭に大きな引札が落ちている。取り上げて見ると、上の方には人の首を二つ、大きく丸の中へ入れて刷り出し、その下には太く、
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「当地初お目見得
日本武芸総本家
安直先生
金茶金十郎」
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その翌日もまた、米友は例によって弁当背負い。町を通ってみると、辻々に人だかりがある。
覗《のぞ》いて見ると素敵《すてき》もなく大きい辻ビラ――昨日の引札と同じことの日本武芸の総本家。
次の人だかりも、うっかり誘われて覗き込むとやっぱり同じもの――ずいぶん思い切って豊富にビラをまきやがったな、ビラでおどかそうというのだろう、ビラなんぞにこっちゃ驚かねえが、日本武芸総本家の文字が目ざわりだ。
と見ると、「当所初お目見得」の文字の横に「当る三日より富士見原広場に於て晴天十日興行」と記してある。
「ははあ、なんだ、あれだよ、昨日見た大きな小屋がけか、あれが、その武芸総本家の見世物なんだよ」
笑わしやがらあ……
米友がこう言ってあざ笑っているうちに、早くもその富士見原に着いてしまったのです。
着いて見ると、工事の早いこと、葭簀《よしず》と蓆《むしろ》っ張《ぱ》りではあるが、もう出来上って装飾にとりかかっている、当
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