主膳は、ここで、むらむらと自分勝手の邪推の雲が渦になって、胸から湧き上りました。
「よし、見届けてやる、今のあの声の主が、お絹であろうはずはないけれども、もし、あいつであったらどうする。いずれにしても、こうなった上は、この眼で、篤《とく》と見定めてやる、この眼が承知しない」
というのは、今のはただ耳だけの判断に過ぎない。一方口を信ずるは、男子の為さざるところだから、この上は眼に訴えて、のっぴきさせず――という気になった時に、その二つの眼の上に、意地悪く控えている牡丹餅大《ぼたもちだい》の一つの眼が、爛々《らんらん》とかがやきました。
もう眠れない、また眠る必要もないのだが、この上は、眠らない以上に働かせねば、この眼が承知しない。
こう思うと、三つの眼が、ハジけるほどに冴《さ》え返って、胸の炎が、むらむらと燃え返って来たようです。
といって、主膳には主膳だけの自重もなければならない。このまま取って返して、あの寝間へ踏みこんで、得心のゆくまで面《かお》をあらためてやる――にしても、万一、あいつでなかったらどうだ。
あいつであったとしても、あいつが果して、どういう寝相《ねぞう》を
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