がして、天上から大女が降って来たものです。

         九十一

 力持のおせいを退却させてしまってから神尾主膳は、この時、そんなことはどうでもいいという気になりました。それは、むやみに眠くなったからです。
 主膳は酒乱の萌《きざ》す前に、必ず一度眠くなることがある。その眠りをうまく眠らせさえすれば、酒乱が、すんなりと通過してしまうことがある。それが眠りそびれた時に、何かの引火薬でもあろうものなら、それこそ大変である。
 主膳としては、近頃の酒量であった。最初からではかなりに飲んでいる。そうして今眠くなると、本来、蔭間《かげま》を呼んでみるなんぞといったことは、一時の気紛《きまぐ》れに過ぎないので、それに執心を持って来たわけでもなんでもないから、そんなことは、どうでもいいように眠くなったのです。そうして、最初の通り、脇息を横倒しにして、ゴロリと横倒しになり、心地よかりそうな眠りを眠りはじめました。
 昏々《こんこん》として、どのくらいのあいだ、眠りこけたか、それはわからない。或いは、ほんのうたた寝の束《つか》の間《ま》を破られてしまったのかどうか、それも分らないが、
「御前――
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