異人館の大番頭が、らしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]の口を一つ欲しがっている。そいつをひとつ、桂庵《けいあん》をつとめて儲《もう》けようと思うんだが、なんとおっかさん、お前に一肌脱いでもらいてえというのはそこなんだよ、ということにあるらしい。
「そいつは耳よりだね」
 慾に目のないお倉婆あが、耳をふくらませると、金公が続いて、一口にらしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]というけれど、いかに西洋人の相手になることが、へたな日本人の相手になることよりも、有利な事業であるかを説いて、お倉婆あの耳をいよいよふくらませる。
 だがねえ、話の口は、そのらしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]にもなかなか先方に好みがあって、第一、芸妓や、女郎衆の、金で自由が利《き》く奴ではいけず、そうかといって、伊豆の下田の唐人お吉なんていう潮風の染《し》み過ぎたのでもいけず、お膝元の固いところでは、いくら困っても、娘をらしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]にでも仕立ててみようというほどに開けた奴はいねえ。素人《しろうと》ともつかず、玄人《くろうと》ともつかず、娘でなく、年増でなく、下司《げす》ではいけないが、そうかとい
前へ 次へ
全323ページ中288ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング