「そんなこと、どうだって、いいじゃありませんか、それよりは、もう一つ召上れ」
「おやおや、御意見番から再度の杯、そろそろ味が出て来た」
「殿様は、ちょいちょいこの家へいらっしゃいますか」
「昔はよく来たものだが、今日は、思いがけない出来心でな」
「子供衆をお呼びになるんだそうでございますね、近ごろ珍しいお好みだと、おっかさんが言ってましたよ」
「うむうむ」
「もう見えそうなものですねえ」
「いいよいいよ、そう急がんでもいい。ところで、お前、その女角力としてのお前の経歴を、ひとつ話してくれないか」
「いけません、わたしは女角力の仲間には入ったことはございませんよ」
「ないことがあるものか。あの女角力というやつ、あれでなかなか愛嬌ものでな、今は差止められてしまったが、以前はなかなか流行《はや》ったものだ」
「そうでございますってね」
「そうでございますってじゃない、お前なんぞは、それで鳴らしたに相違ないが、商売はやめても力はあるだろうな、力は――」
 主膳は、しつこく、おせいを追及して、その肥大なる肉体にさわると、
「殿様は、わたしを女角力とばかりきめておしまいになるが、わたしは一向、
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