ころでいらっしゃいます、それに何ぞや、この世が面白くないなんて、心細いことを御意あそばすようでは、金助如きは、世間が狭くなって、もう一寸たりとも、お膝元が歩けません、いざ改めてお発《はっ》し下さいませ、行道先達《ぎょうどうせんだつ》、ヨイショ」
金助は相変らず、アクの抜けないお追従《ついしょう》を並べて、得意がっている。
「見るもの、聞くものが面白くないばかりか、何を見ても、聞いても、癪《しゃく》にさわることばっかりだから、今日は、ここへしけ込んだを幸い、貴様を呼び寄せて、横っつらをひっぱたいてやろうと思っているのだ」
「これは驚きやした!」
金助は頬をおさえて、やにわに飛び上るような恰好《かっこう》をし、
「気がくさくさするから、金助を呼び出して、うんとひっぱたいてやろうなんぞは、全く恐れ入ります、ひっぱたく方の御当人は、それでお気が晴れましても、ひっぱたかれる方の金助の身になってごろうじませ」
金助は、仰山な表情をして、痛そうに頬を押え、
「しかしまあ、殿様、金助如きが面《つら》でも、打ってお心が晴れるなら、たんとお打ちなさいまし、金助、殿のお為めとあらば、横っ面はおろか、命
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