の形というものが、神秘を開いて、お雪ちゃんに、おいでおいでをしているから、お雪ちゃんとしては、自分の故郷へ帰るような気持になって、あの白山の山のふところにこそ、自分の生涯を托する安楽な棲処《すみか》があるものだと思われてならないのらしい。
白川の流れも、白水の瀑《たき》も、白川温泉も、それから太古さながらの桃源の理想郷、平家の御所をそのまま移した平安朝の鷹揚《おうよう》な生活が、あの白山の麓《ふもと》のいずれかに現存しているような気がしてならないのです。
ああ白山――とお雪ちゃんは、子供のように、手桶を置いたまま、その白山山脈の姿に見惚《みと》れて、動けないのです。
白山の白水谷を渡る時には、籠《かご》の渡しというものがある。藤蔓《ふじづる》を長くあちらとこちらとにかけ渡し、それに同じく藤蔓を編んだ籠を下げ、人一人ずつを乗せて、この岸よりかの岸に引渡す。岸と岸の間は、鳥も通わぬ断崖絶壁で、その下は、めくるめくばかりの深谷を、白水が泡を噛《か》んでいる。
白山へ行くには、白水を渡らなければならない。白水を渡るには、籠の渡しよりほかは術《すべ》がない。
昔、悪源太義平に愛せられて
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