うした」
「知ってるくせに、そんなことをいまさら尋ねるなんて野暮《やぼ》らしい。今晩もわたし、清月ですっかりあの助平《すけべい》のお代官に口説かれちゃった」
「…………」
「わたしを呼んで、こんなに盛りつぶしておいて、今晩こそジタバタさせないんですとさ」
「ふーむ」
「感心して聴いているわね。あなたはどなたか知らないが、おとなしい方ね。あなたのようにおとなしければなんにもないんですけれど、あのお代官ときた日には……助平で、あんぽんたんで、しつっこくて、吝嗇《けち》で、傲慢《ごうまん》で、キザで、馬鹿で、阿呆で、小汚なくて、ああ、思い出しても胸が悪くなる、ベッ、ベッ」
と唾を吐きました。
兵馬は重ね重ね、苦々しい思いに堪えられないのです。
もう、これだけで、委細は分っているようなものだ。問題の今の新お代官、つまり、仮りに自分が逗留《とうりゅう》しているところの主人が、この芸妓に目をつけて、ものにしようとしている。昨晩も、宵のうちから手込めにかかったが、それが思うようにゆかないからこの仕儀。
兵馬は、新お代官に就ては、絶えずこんなような聞き苦しい噂《うわさ》や事実を、見たり、聞かせら
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