く笑いかけた棺の中の死肉の主も、また引込みがついたかも知れないのに……
それに対して、こんな無愛想であるのに、別の因縁になっている棺の上の一重ねの着物だけには、どうやら執着があるらしいのが浅ましいではないか。
三十八
こうして、音無の怪物は、死肉には爪牙《そうが》を触るることなく、そのままずっと進んで行きました。
進み行くところは、宮川の川原を縦に上るのですから、尽くるところはないはずだが、行きとまるところはある。例の蘆葦茅草《ろいぼうそう》の合間合間に、水たまりがあり、蛇籠《じゃかご》があり、石ころがあって、どうしても進み難いところがある。そこは強《し》いては突破しないで廻り道をする、飛び越し得ると推想されるところは飛び越して行く、相当に進んで行ったが、更に別条はありません。
川原の中だから人通りはなく、さいぜんのような人間の死肉が放り出されているというようなことは、極めて稀有《けう》のことで、この宮川が、神通川《じんずうがわ》となって海に注ぐまでの間にも、二度と出くわすべき性質のものではありません。
しかし、小さいながら川流れが二筋に分れて、どうして
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