に持たせ、ようやく起してやり、
「さあ、先へ立って案内してくんな」
要領を得て、怖々《こわごわ》ながら、屑屋の老爺《おやじ》が立ちかけたが、またぺたりと腰を落し、ワナワナと慄《ふる》え出して、
「あっ! あっ!」
といって指さしをして、その手でがんりき[#「がんりき」に傍点]の合羽《かっぱ》の裾を激しく引く。
五十六
「世話の焼けた老爺《おやじ》さんだ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、骨無し同様な、老爺の腰の抜けっぷりに愛想をつかし、こんな度胸で、火事跡荒しに来るなんて、全くふざけた老爺だと思って、蹴飛ばしてやりたくなったのを、そうもならず、ぜひなく老爺の指さした方を見ると、こんどはがんりき[#「がんりき」に傍点]がゾッと立ち尽してしまいました。
「お化け……」
老爺は指差しをしたまま、二度目に腰を抜かして、ヘタヘタと坐り込んでしまっている。
その指さきの示すところを見ると、ほぼ十間の彼方《かなた》の同じ焼跡の中に、すっくと立って、こっちを見ている一つの黒い人影があるのです。
「おや?」
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵もギョッとして、瞳《ひとみ》を定めてそれを見る。
さいぜんからそこで我々を見つめていた人影一つ、荒涼たる焼野原を透して、宮川の外《はず》れから白山山脈が見えようというところ、月の晩ではないのに、その輪郭が白くぼかしたように浮き上っている。
「おや……」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、たじろぎながらその物影を篤《とく》と見直すと、覆面をして、着流しのままで、二本の刀を帯びて、じっとこちらを睨《にら》んでいる。
こいつは辻斬だ! はあて、飛騨の高山でも、辻斬が商売になるのかな。
ちょうど、下に置いてあった屑屋のがんどう[#「がんどう」に傍点]提灯《ぢょうちん》を、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が手にとって、その異形《いぎょう》の者にさしつける途端、
「あっ! いけねえ」
すさまじい音をして、がんどう[#「がんどう」に傍点]提灯が、数十間の彼方にケシ飛ぶと共に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百も共に、数十間ケシ飛びました。
同じケシ飛んだのではあるけれども、がんどう[#「がんどう」に傍点]の方は飛んだところへ行って留まったが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の方は横っ飛びに飛んだまま、
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