の舌の根を見ておくんなされ。おじさん、お前こそ、お前こそ怪しい」
「怪しいとは、何が怪しい」
「胸に聞いてごろうじろ、お前は、お前はとうからこの川杉家を覘《ねら》っていた」
「聞捨てならん、こいつが、この席で、皆様の前でこうしてくれる」
徳兵衛は、よほどこたえたと見えて、いきなり、角之助の頬っぺたを、強《したた》かにつねり上げる。
「あいた、た、た」
「うぬ、こうして、こうして、その横に裂けた口をいたしめてくれよう」
「合点《がってん》だ、人でなしをかばうは人でなし、おじとは思わん」
「うむ」
「こん畜生」
「獄道」
叔父と甥とが棺の前で、組んずほぐれつ、大争いを捲き起したのはほとんど束《つか》の間《ま》の出来事で、最初から、この寄合いが掴《つか》み合いになるまで手を束ねて、呆気《あっけ》に取られていた会衆が、ここに至るとじっとしてはおられません、一時に仲裁に向って立ち上りました。
二十四
叔父は甥の口を両手で引裂こうとし、甥は叔父の両鬢《りょうびん》をむしり取ろうとして、取っ組んで、棺の前に重なり合い、転がり合っている二人の身体《からだ》に、立ち上った仲裁の会衆も手のつけようがありません。そのうちに、また他の一方で物争いが持上りました。
これは仲裁として立ったお通夜の者の中に、また別に、二つの説があって、
「角之助さんの言うのが尤《もっと》もだ」
と言うのと、
「新家の旦那の言い分が人情だ」
と言うのが衝突して、早くも組打ちがはじまってしまったことです。
仲裁する者が仲裁されるようになると、今夜はどうしたものか、最初から空気そのものが只事でありませんでした。妙に人の心を沈めて、そのくせ神経をイライラさせるような低気圧が、この家の周囲に覆いかぶさっていたのか、それとも、この室内の空気がら、おのずからそういう悪気を孕《はら》み出したのか、それは知れません。
仲裁が、二説にわかれては、争いがあるばかりで、妥協の望みは壊されて行くのみです。
口を利《き》いているうちに、それがついに物争いになってしまいました。日頃、温厚を以て聞えた分別《ふんべつ》の者までが、言葉に刺《とげ》を持って、額に筋を張って力《りき》み出したことは、物《もの》の怪《け》につかれたようです。ですから、血の気の多いものは、言葉より手が早くなりました。どうしても、そうい
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