言うものだから、わしが仲達《ちゅうたつ》の憂目を見せられる」
二十
この貴公子が、どうしても動座を肯《がえん》ぜざるがために、用人の面上に現われた苦渋、難渋の色は、見るも気の毒なほどでありました。よって見兼ねた兵馬が、
「ほかに家はないのですか、ただお葬式を済ますだけの家はありませんか」
と、あまり巧妙ならぬ調停の言葉をはさんでみました。
「それがその、ほかの事と違いまして、現在自分の家がありながら、葬式の席をかせと申しがたいことでもござりまするし、それに、当人が、第一よろしくござりませぬ、それ故に死んだ後までも親類中に忌《い》み嫌われて、葬式の席を貸そうと申し出でる者も無いこと故に……」
用人が、かく弁解すると、貴公子は、
「だから、この家でやるがよい、わしはいっこうかまわぬのじゃ」
「それが、甚《はなは》だ恐れ多い儀でござりまして、当人は不浄の上に、人より天罰と申されるほどな非業《ひごう》の死を遂げた人間でござりまするが故……」
「うむ、天罰、何かよほどの悪いことをしたのかな」
「淫楽に耽《ふけ》りまして、目も当てられぬ挙動《ふるまい》をのみ、致しおったそうでござります」
「ナニ、淫楽に耽った……」
「はい」
「淫楽――というのも程度問題じゃな、これだけの家を踏まえている主人として、妾《めかけ》の一人や二人あったからとて、死んだ後まで、そう嫌わんでもよいではないか」
貴公子が存外、さばけて挨拶をするのを、用人は、いっそう恐縮して、
「それがその、男性でござりませぬが故に……」
「男性? 男ではないのか、この家の元の主人は」
「はい、夫なるものは死に失せまして、後家を立てておりましたが、いやはやどうも、箸にも棒にもかからぬ淫婆でござりまして……」
「おお、そうか、女主人であったのか」
「はい」
しかしながら、女主人であるが故によいとも、悪いとも言わず、碁の手が難局になったと見えて、そこで貴公子は沈黙してしまいました。せっかく、ここまで話をすすめた用人は、その結論が聞かれないので、がっかりしたが、やっと少しばかり膝をにじ[#「にじ」に傍点]らせて、
「左様な不所存者の非業の死体をこのところに引取り、御座元《ござもと》間近を汚《けが》すことは、恐れ入った儀でござりまする、さりとて、当人の死体のために席を貸すという家は一軒もござりませぬ、よ
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