ところまで行かねばならないのか――お雪ちゃんは飛騨《ひだ》の高山を怖れました。
十二
これに先立つこと幾日、宇津木兵馬は同じ道を、すでに飛騨の高山の町に入って、一の町二丁目の高札場《こうさつば》の前に立っておりました。
大きな柳の枯枝に、なぶられている立札を見ると、「御廻状|写《うつし》の事」というものがある。本文を読んでみると、
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「近来浪人共、水戸殿浪人或は新徴組|抔《など》と唱へ、所々身元宜者共へ攘夷之儀を口実に無心申懸け、其余公事出入等に、彼是|申威《まうしおど》し金子|為差出《さしださせ》候類|有之候処《これありさふらふところ》、追々増長におよび、猥《みだり》に勅命抔と申触《まうしふら》し在々農民を党類に引入候類も有之哉《これあるや》に相聞き、今般御上洛|被仰出折柄難捨置《おほせいださるるをりからすておきがたく》、依之|已来《いらい》御料私領村々申合せ置き、帯刀いたし居候とも、浪人|体《てい》にて恠敷《あやしく》見受候分は無用捨《ようしやなく》召捕り、手向いたし候はば切殺候とも打殺候とも可致旨被仰出候間、其旨可存候
右之通り万石以上以下不洩様に相触れ、且右之趣板札に認め、御料私領の宿村高札場|或者《あるひは》村役人宅前抔に当分掛置候様可被相達候
亥十二月」
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これは、新しいものではない、今に始まった警告ではない。
つまり、近来、浪人と称するものが、或いは水戸家の浪人とか、新徴組とかいって、相当の資産ありそうな家へ無心に押しかけて、迷惑をかけ、追々増長して、或いは勅命だとかなんとかいって、横行するのにてこずった揚句、左様な者に対して斬捨御免を表示したものである。
左様、飛騨の高山は、やはり幕府の直轄地であって、諸侯の城下ではないために、勤王を標榜《ひょうぼう》するやからよりは、水戸とか、新徴組とかいって入り込む方が今のところ、便宜がよろしいものと見える。
兵馬は、いたる所でこんな高札を見かけることを珍しいとはしなかったけれど、これほど明瞭に保存されているのは少ないと思いました。立てるとまもなく汚したり、壊したりして、みじめな有様になっているところも多いのに、ここは相当年月を経ながら、かなり完全に保存されて、明瞭に読み得られることに、物珍しさを感じたくらいです。
しかし、顧み
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