すまれて、がんりき[#「がんりき」に傍点]は一層とぼけ、
「そうおっしゃられちまっては一言もございません、何しろがんりき[#「がんりき」に傍点]は、御覧の通りの三下奴《さんしたやっこ》でございまして、先生方のように、字学の方がいけませんから、せっかくのお尋ねにも、お生憎《あいにく》のようなわけでございまして……」
「字学の方じゃないのだ、蛇《じゃ》の道は蛇《へび》といって、貴様なんぞは先刻御承知だろうと思うから、それで尋ねてみたのだ」
「ところがどうも、全く心当りがねえでございますから、お恥かしい次第でございます」
「ほんとうに知らねえのか、のろまな奴だな」
「これは恐れ入りますな、知らずば知らぬでよろしい、のろま[#「のろま」に傍点]は少し手厳しかあございませんか。いったい何でございます、その柿の木てえ奴は……」
その時に、南条に代って五十嵐甲子男が、いまいましがって、
「ちぇッ、知らざあ言って聞かせてやろう、柿の木金助というのは、あの金の鯱を盗もうとして、凧《たこ》に乗って宙を飛ばした泥棒なんだ」
そこでがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、
「ははあ……」
と、仔細らしく頤《あご》を二つばかりしゃくり、
「なるほど、なるほど、そんな話も聞きましたねえ、凧に乗って尾張名古屋の金の鯱を盗みに行った奴があるてえ話は、餓鬼《がき》の時分からずいぶん聞いてはいましたが、そいつがその柿の木泥棒という奴でござんしたかい」
「柿の木泥棒と言う奴があるか、柿の木金助だ、貴様にでも聞いたら、少しはわかるかと思ったのだ。あの柿の木金助という奴は、どういう思い立ちで、あの金の鯱《しゃちほこ》を盗もうという気になったのか、またその目的を達するために使用した凧《たこ》というのが、どのくらいの大きさで、どういう仕掛で、どうしてそれに乗り、それを揚げる奴がどうしたとか、こうしたとかいうことを、詳しく知りたいがために、貴様をワザワザここまで連れて来たのだが、こっちに教えられてアワを食うような間抜けじゃあ、話にならん――」
「どうも相済みません、子供の時分から、柿の木から落っこちると中気になる、なんぞとオドかされていたものですから、柿の木の方にあんまりちかよらなかったせいでござんしょう。ですが旦那、その凧に乗ったてえ奴は、作り話じゃございませんかね」
「いいや、まるっきり作り話とは思えな
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