い致す」
「ご挨拶恐縮に存じます、どうぞ、充分におあらため下さいませ」
と言って、お角は駕籠《かご》を出て来て、お銀様の乗った駕籠のところまで、右の美少年を案内して来ました。
 事実をいえば、お角は、お銀様の乗物を、人にあらためさせたくはないのです。お銀様もまた、なによりも人に見らるることを嫌うのを心得ているのですが、この場合、相当に条理のありそうな、この士分の者のあらためのかけ合いを、素直に聞いてやらないのは、かえって不利益だとさとりました。
 お銀様があらためらるることを快しとしないだけで、憚《はばか》りながら我々の方は、さかさにふるってあらためられたところで、後暗いことなんぞは微塵もないのだ。そこでお角が、お銀様の乗物に向って、
「お嬢様」
「はい」
「お聞きの通り、岡崎様の御藩中の方が、なんぞ人あらためをなさりたいとの思召《おぼしめ》しでござります」
「はい、どうぞ、御自由に。なんならそれまで、罷《まか》り出でましょうか」
 お銀様は、動ぜぬ声で答えました。
 その声を聞いただけで、岡崎藩の美少年は納得したようです。
「いいや、そのお声で、たしかに御女性とお察し申します、乗物をお立ち出で下さるには及びませぬ、一応、御旅切手だけを拝見お許し下さるよう」
「心得ました」
 お角はお関所切手を取り出して、美少年に示すと、美少年は篤《とく》と見了《みおわ》って、充分に理解が届いたと見え、
「これは近ごろ、ご無礼の段、お許し下さるよう、どうぞ、そのままお通り下されませ」
「こちらこそ失礼をつかまつりました」
 お角はこう言って挨拶をして、再び駕籠の中に納まりましたが、これより先、早くも胸に思い当るところのものがありました。
 当然――これは昨日のあの相撲場の喧嘩のなごりだな……
 どのみち、あれだけでは納まりのつかない後日があらねばならぬ。実は昨夜の泊りから、今朝まで、それとなく、噂《うわさ》に耳を傾けていたのだが、さっぱり静かなものであるのを、むしろ意外としていたくらいのものでありました。
 あれで、あの若ざむらいたちは泣寝入りかな、身から出た錆《さび》だから、誰を怨まんようはなきものの、このままで空々寂々では、あんまり張合いが無さ過ぎる――と、お角もなんとなく拍子抜けがしてここまで来たところだから、ここで棒鼻をおさえられた時分に、ハッとそのことに思い当ってはいたの
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