路の必要から、男装して来たものが、ここではその必要を解いて、本来の姿を見せているものと見られる。
 ここ、白骨に冬籠りをやっている自称お神楽師連が、必ずしも自称お神楽師でないことを知る者は、これをたずねて、女の身で大胆にも、冒険にも、ここまでひとり旅をして来た名古屋の紅売りなるものが、単純な紅売りでないということもあたりまえです。
 それはこの一座の誰|憚《はばか》ることなき談論を聞いていれば、ほぼわかることで、世間ですれば四方《あたり》を憚る秘密会議も、このところで、こうして水入らずにやれば、誰に遠慮もいらぬこと。
 その、遠慮の入用のない秘密会議の雑話と、熟議と、談論とを混合してみると、さすがにこれは炉辺閑話とは全く趣を異にしています。京阪、或いは関東の要所に於て、二三人集まって、こんな事を口走れば、忽《たちま》ち身辺に危害が飛ぶ。それをここでは、つまり露骨に、陰謀が評議されているのです。さすがに陰謀の要点に触れると、声は多少低くなりますが、それに附随して議論を闘わすという段になると、意気軒昂として、火花を散らすの勢いです。
 この秘密会議の内容を綜合してみると、飛騨の高山と、尾張の名古屋とが、話題の中心になるらしい。
 慶長以来の、関ヶ原当時の陣形を細やかに持ち出すものがある。結局、美濃、尾張の平野は、今日でも大勢を制するの中原であって、その中原の後ろを押えるものが、近江と飛騨とだ。石田三成は近江に根拠を置いたが、飛騨を閑却したのはいけない。我々は、飛騨を押えておらねばならぬ。飛騨を押えるのは、難事ではないが、目的は尾張にある。
 小牧《こまき》であり、大垣であり、岐阜であり、清洲《きよす》であり、東海道と伊勢路、その要衝のすべてが、尾張名古屋の城に集中する。
 今し、彼等の間に拡げられた大地図は、尾張の中原平野の地図であって、その上に筋違《すじかい》に打布《うちし》かれたのが、尾張名古屋城の細部にあたる絵図面であります。
 そこで、一座の陰謀の中心は、尾張名古屋の城の研究ということに集まっているらしい。一座の異彩、名古屋から昨晩着いた紅売りの女――も多分、それがために有力な資料を持ち来《きた》した一味の同志の一人と見るよりほかはありますまい。
「名古屋は、怖るるに足りない」
と一人が言いました。
「水戸を、徳川というものに反逆させたのが光圀《みつくに》であり
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