おろしながら、竜之助が言いました。
「あんまり、いい景色だものですから、寒いことも忘れてしまいました」
「そうかなあ、そんなによい景色ですか」
「ええ、それはそれは」
「景色はいいが、今晩はなんだか宿が物さわがしいではないか」
「いいえ……」
お雪が解《げ》せないと思いました。事実、今晩の宿といって特にさわがしいことはありはしない。自分の気のついている限りでは、いつもの通りの冬籠《ふゆごも》りの宿に何の出入りもない、空気の動揺もない、と信じていましたのに、この人はこんなことを言う。そこで、
「いいえ、騒がしいことは少しもございません、いつもの通り、ほんとに静かな山間《やまあい》でございます、静かになればなるほど、夜の景色が何とも言われません」
「でも、なんとなく物騒がしい晩だ」
「いいえ、やっぱり静かな晩でございますわ」
「そうかなあ」
その時、竜之助の深くさし込んだ左の腕が、お雪の乳房の首まで届きました。お雪でなければ、まあ、くすぐったいと、はしゃいで振りもぎるところでしょう。お雪は、最初から圧迫的な空気を、如何《いかん》ともすることができないで、ほとんど、二人が重なり合って立ちながら、夜の景色に見とれているような形です。亜字の欄《てすり》に立ちながら二人は、じっと身動きもしないでいたが、お雪の動悸が、高ぶってゆくことは眼に見えるようです。それでも逃れようとはもがきません――もう、わかりきっているのでしょう。
「物騒がしい晩だ、今晩ぐらい、物騒がしい晩はない」
と、竜之助の言うことはやはり圧迫的で、且つ独断に偏しています。
「いいえ……ちっとも騒がしいことは」
お雪は、竜之助の独断を打消そうとしたが、自分の胸の騒ぎを打消すことはできないと見えて、言葉半ばで、自分の口の中が乾きました。
「ああ、やっぱり物騒がしい、なんとなく落ちつかぬ空気だ、今晩は誰か、この白骨谷の空気を乱しに来た奴がある……」
「え……」
「誰か、この天地へ、外から入り込んだ奴がある、それが、この白骨谷の空気をかき廻して、それでこんなに騒がしい」
と竜之助が言いました。お雪は、身体《からだ》と乳房の堪え難い圧迫を覚えてきました。
「いいえ、そんなことは、この静かな晩に……」
途切れ途切れに言う、お雪の口がかわいてゆくのを、やはり、どうすることもできないらしい。
「静かな晩でございますが、ね
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