れないわけにはゆきますまい。
 その時分に、時計の二時が鳴る。
 ああ、もう二時だ、丑三時《うしみつどき》だ、寝なければならぬと気がついた時、ふと思い出したのは、酔いどれのマドロス氏のこと。
 捨てておいても大事はないと信じているが、それでも気にかかる。
 あいつは憎めない男だから、傍へ置いてみたが、今は単に愛嬌者としてでなく、実用の上に無くてはならぬ男になっている。
 彼は、下級労働者ではあるが、外国の事情と、航海の知識等については、経験上から珍重すべきものを持っている。本は読めないが、言葉を研究するには、悪い参考とばかりはならない。それのみならず、船乗りとしての生活の前には、到るところを渡り労働者として歩いているから、何かと経験もあり、小器用でもあって、時には信じ過ぎ、買いかぶって苦笑いに終ることもあるが、大体に於て、この男から得るところのものは、決して少なくないことになっている。
 現に――すでに、機関の方の目鼻があいてみると、次に当然|来《きた》るべきものは、燃料の問題でなければならぬ。
 そこで、駒井甚三郎は、一方天文を研究して船の航路学の準備をすると共に、地質をたずねて、石炭――というものに多大の注意を払いはじめたのは、この頃のことです。
 石炭――に就て駒井甚三郎が注意を払っていたのは、今に始まったことではありません。
 燃ゆる水、燃ゆる土の、半ば伝説的時代はさておき、近代に於ては、九州地方に於て、ひそかにこれを採掘して実用に供している住民のあることを駒井は認めている。
 日本の当局者も、心ある者は、近き将来に、この新たなる燃料の大量需要の来《きた》るべきことを予想し、どうしても、日本内地にその豊富なる鉱山を見出さねばならないことを痛感している。現に不肖ながら、自分もその先覚者の一人で、年来、ひそかに有力な石炭の産地というものに目をつけていないではなかった。幕府にある時は、それぞれの系統をたどって、各地からの報告を取寄せ、今でもそれの参考資料をかなり集めている。
 最も有望といわれる産地、九州地方はさておき、江戸を中心としては静岡地方――それから常陸《ひたち》から磐城《いわき》岩代《いわしろ》へかけて、採炭の見込みがある。それから燃ゆる土、燃ゆる水の発祥地なる北越地方――その辺の古い記憶や、報告資料を調べ、その結果は、ここ安房《あわ》の洲崎《すのさき》
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